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『今日は。』

大川正君の歩んでゆく途ははつきりしています。芸術だけでは滿足されず、さればといつて○○にも沒頭することが出來なかった。苦惱は多かったと推測してよいでしょう。しかしそこには自然にヒユウマニストの歩む途が開けています。大川正君は、時には左右に逸れることがあるとしても、大體においてその途をたどつてゆくようになるのかと私かに考へています。

オナベモピカピカ

『肥料の灰でも拵えるのですか。』

蛇の皮をはいだり、蛙を踏みつぶして、腹ワタを出したりするのは、1向、平気なものだ。1体百姓は、そんなことは平気でやる。、それくらいの惨酷さは、いくらでも持合わしている。小説の中でなら、百人くらいの人間は殺して居るだろう。人を殺すことや、怪我をさすことはなか々好きな男である。

禁止の本当の理由は局外者にはよく判らない。警視総監は、当局は『文学の宣伝機関ではない』とか『理屈で禁止させるのではない』とかいった、と新劇場の当事者が告げているが、これは何も禁止の理由の説明にはなるまい。

彼は足を止めた。殆んど無意識に振り返った。山茶花の粗らな枝葉からすかして見える玄関前に、人影があって真白なものを撒布していた。人影はすぐ扉に隠れたが、千枝子らしかった。彼は忍び足でそこへ立ち戻った。扉の前のコンクリートから地面へかけて、真白なものが点々としていた。彼はその1塊を拾い、口になめてみた。

女性を教育するものはだから現代、何よりも社会の転化そのものであるといわねばならぬ。

学生というのは大体大学生を標準にしていうのだが、この学生は当時、単に学生であるだけでなくて、当時のインテリゲンチャの代表者であり、そしてまたそれが、ある限度に於て、意識ある無産者[主として労働者]のモデルになるという状態でさえあった。学生がこれ程社会的リアリティーを持っていた時代は、いうまでもなく日本ではそれまでなかったし、今後も恐らくなかろうと思われる。

ところが警察権の支配下に立つものは、元来、何か公的なものに限るわけで、例えば政治的なまた市井的な行動や言論が夫であって、1切の私的なものは除外されるのが立前である。人の見ていないところで何をしようと、それが他人へ決定的な影響を与えない限り、丁度人間が何を考えようと勝手であると同じに、それは全く個人の私的行為であって、警察権の支配外に横たわるべきだと考えられるのが当然である。

これは大川正君の性格がイブセンを藉りて、その發露を求めたとみても、ひどく間違つてはいないと思ひます。つまり大川正君の胸中に鬱積相剋していた思想が、自由劇場という晴やかな舞臺でその疏通を得たものと見られないでもありません。かうした觀察はあまり主觀的で臆測に過ぎませんが、わたくしは兎に角そういふ風に思つています。人生の享樂と人道キャピタゼーションとの葛藤がまざまざと目に見え、且また深く考へられます。

音楽の楽器に関して、近代音楽については、日本は多少の立ちおくれをしていたといえよう。しかし、日本の絵画、衣裳史を顧みるに、世界に比類をみない、豊富な高度な色彩感の閲歴をもっているといえるであろう。

1つ1つの本をわれわれが見るとき、その本の背後にひろがる人類の絶えまのない努力と、その鋼鉄のような意欲をわれわれは思い返さなくてはならない。

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