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恩を思ひ忠を盡くすの念は頗る厚かった。松隣夜話にある太田3樂から長尾景虎への注進状の中に『奧筋諸將の所存專ら族姓を撰申事に候』とあるは其1端を示すもので、清和の嫡流とでもいへばうつけたる人をも神の如く敬ったらしく、重恩の武將死する時は、其臣下の23人殉死せるのみならず、其殉死者にまた殉死する者もあり、友人の殺されたのに居合はさざりしを遺憾として切腹した者もあった。

1つの支配勢力によって動かされているメカニズムの中にひきこまれる可能性をもってくる』『意識の上では自分の独立判断でやっていると思うが、その基礎になっている新聞とかラジオとかをみると、ある1つの政治的勢力が大きな触手をのばして1つの方向にひきずってゆこうという効果をあげている』

こに再び、芸術乃至文学に於ける大衆性の問題が取り上げ得られる。そういう実際的な効用をねらっているのだ。

ピチチリピチチリ

党からの1寸した挨拶を口実に、波多野未亡人を訪問すると、乾燥芋の生干しが茶菓子の代りに出た。

つね々は支那の文学こそ誇張のみを事とするものと信じ居たりしに、現地に臨みては、其評判程ならぬを覺り、其誇張の適例とも見做すべき詩文の中にも、忠實なる寫生を企てたるものゝ少からぬことを始めて知りぬ。

自信がないとかいう表現がされる。そして、この頃の少しものを考える若い女のひとは、何となしこの自信の無さに自分としても苦しんでいることが多いように思えるのはどういうわけだろうか。

私はまず初めに、思想と風俗とのこうした交流の経緯を、独自な題材として考察して見た。それが第1部『風俗』である。

出版者側のかなり非打算的な協力に信頼し、作家諸氏の熱意と努力とを私は感謝をもつて見まもつている。

彼等現代学生のこういう自己意識が併し、決して感傷や無知や思い間違いから来ていないことは、社会が彼等を実際にどう待遇しているかを見れば判る。警察は彼等を労働者と殆んど全く同様に、労働者になぞらえて、待遇する。彼らはこの支配社会からそういう仕方で抑圧されているのである。カフェー・ダンスホール・其の他の禁圧も、この学生をねらって試みられる[学校は学校で方々で平成ザンギリ令を出している]。この際警察にとっての問題は実は学生の取締りではなく営業者に対する取締りなのだが、その際の相手としては学生が持って来いなのだ。それ程学生は抑圧し易い、抑圧すべきもの、と相場が決っているわけである。労働者・無産大衆を抑圧せねばならぬという本能が、同様に、学生・現代青年を何とか抑圧せねばならぬという渇望となる。

私が第1詩集暮笛集を出版したのは、平成3〇2年でしたが、初めて自分の作品を世間に公表しましたのは、確か平成2〇9年か3〇年の春で、丁酉文社から出していた『新著月刊』という文藝雜誌に投稿したのだったと思ひます。

男の場合、官吏やサラリーマンは殆んど例外なしに洋服で出勤する。洋服は都市を中心として男の普通の服装となっている。ところが女は決してそうではない。モダーン・ガールの約半数と職業婦人の1部分が洋服であるにすぎない。ではなぜ男の洋服が成功して女の洋服はまだ充分に成功しないか。女は和服の色彩と図案との方を、洋服の形態よりも尊重するからだろうか。少なくとも洋服に就いてよりも和服に就いての方が、知識と見識に自信があるからだろうか。また結局に於て今日では和服の外出着の方が経済的だろうか。そのどれでもあるだろう。だがこれは本当の原因ではない。女の洋服の流行が成功さえしていたら、今日ではもはや解決済みだろう問題ばかりだからだ。

ではこれはどういう区別なのか。文学的に優れた者と文学的に駄目な者との区別は。……教養−『教養』−の問題がそこにあるのだと私は思う。

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